「女性」でなく「生理のある人」と呼ばないとトランス差別? 〜よくある疑問への回答〜

 

トランス女性にまつわる議論が最近また盛り上がっていますが、議論の前提となる「トランス女性はどういった主張をしているのか?」を誤解したまま議論してしまったり漠然と不安を感じている方も多いように感じます。過去の出来事が引用されることも増えているので、よくある疑問の元になっている「トランス排除を主張する人がよく言っていること」*をツイートのファクトチェックを含め整理して回答してみました。 

結局のところ、トランスの人はどのような主張をしているのか?

論点を整理していきます。

 

 *ツイートは「反対する人たちにある程度共有されている認識 or 共感を得ている(いいねやRTが多い)」ものを中心に、見つけられた範囲で選ばせていただきましたが、性質上トランスフォビックなものが多いので閲覧の際はご注意ください

 

 

 

 

 生理を「女性の健康問題」として話すのはトランスフォビア?

 

 こういったツイートを読んで、「女性が自分の身体のことについて話しにくくなるのは困る…」と感じている方も多いかと思います。

しかし結論から言うと、婦人科領域の話を女性の健康問題として話すことはトランスフォビアではありません。

また、「女性」でなく「生理のある人」と言い換えないとトランスフォビアということもありません。

 

 順を追って説明すると、

 

・いわゆる婦人科領域の健康について、最近までトランス男性やノンバイナリーの人は想定されてらず、検診やサポートが『女性』を対象とすることで当事者が利用を遠ざけてしまうことがしばしばあった

 

・子宮卵巣に関わるサポートを必要としているのはシス女性だけではないことが周知され、対象をより明確にするために「生理がある人」という表記も使われ始めた

 

・その経緯を知りつつ「『生理がある人』じゃなくて『女性』と書くべきでしょ?」と言う人たち(J.K.ローリングなど)が現れ、批判された

 

という流れです。

 

批判される理由は、「生理がある人」に含まれるトランス男性を「女性」と表現するべきというのはミスジェンダリングであることと、生理と女性を強く結びつける考え方はトランス女性を含む生理のない女性の否定にもなり得るためです。

(なお、こちらのツイートで引用されている原文には「子宮、外陰部、膣を女性らしさと同一視するシンボルはトランスフォビックです」とあり、「子宮や膣などをシンボルとする行為はトランスフォビア」というのは間違いです)

「『女性』でなく『生理のある人』と書かないのはトランスフォビアだ!」というような運動が起きている実態はありません。

 

ちなみに、「生理のある人」は単純に「女性」に置き換えられているのではなく、「女性や生理がある全ての人」と併記されることも多いです。(J.K.ローリングが揶揄して問題になった元の記事も本文中では “girls, women, and gender non-binary persons menstruate” という書き方をしています)

「子宮卵巣にまつわる問題は女性の健康に関わることであると同時に、トランス男性やノンバイナリーなどの人たちの健康に関わる問題でもある」ということですね。

 

 

また、「男性を『陰茎・精巣のある人』『射精する人』とは言わないのに女性だけ言うのはなぜか」という意見もありますが、「医療の観点から必要に応じてその言葉が使われる」というアイディアに則って考えれば陰茎や精巣、射精に関連する疾患ではそのような表現が使われることもあるでしょう(月経の対比として射精を挙げることが果たして適切なのかという問題はありますが…)。

ただ、それらの疾患は月経に関することに比べれば日常的に目にする機会は多くありませんし、単純に情報露出量が少ないためそういったことが話題に上りにくいとも考えられます。

どちらにしても、そのサポートを必要とする人に適切にリーチするための表記であって、「どの場面でも使わなければならない」「そのように表記しないのは差別になる」というものではありません。

 

 

シスレズビアンがトランス女性を性的に受け入れないのはトランス差別?

 

  

「『トランス女性を性的に受け入れない(シス)レズビアン女性はトランス差別』と非難されている」という前提のツイートが多いですが、本当に当事者たちはそれをトランスの権利として主張しているのでしょうか?(なお、「ウィメンズ・マーチの公式アカウントで発信されたらしい」という情報のファクトチェックはされておらず、ソースをリプライで質問したところ『非表示の返信』にされています)

3つ目のツイートに関しては内容が歪曲されており、こちらのツリーでどのような内容かが説明されているのでご確認ください。(元動画は現在非公開となっています)

 

Twitterで検索をかけてみてもこのような主張をしている当事者のツイートは見つけることができませんでしたが、この件についてジェンダー研究者の方が言及していました。

 

先に紹介した主張で言われている「トランス女性との性的関係を拒むことは差別」とは真逆の意見ですね。また、ほとんどの当事者もこの意見には同意するでしょう。

論点は「価値観」の出どころ

表立って「トランス女性と付き合える/付き合えない」という評価をすることが失礼なのは当然として、付き合えないのが「トランス女性は “女性” ではないから」という理由の場合はトランスフォビックな理由であるとはいえる、というように、断る理由にトランスジェンダーへの偏見やフォビアがある可能性についての指摘はされています。(だからといって、「そのトランスフォビアを治して付き合え!」という話ではありません。念のため。)

これは、たとえば「太っている人はタイプではない」という事実は差別ではありませんが、「(例えば「太っている人間はだらしない」というような)価値観は社会から影響を受けた「偏見」の一種である」といえるのと似ています。

また、「レズビアンは女性が恋愛対象なのだから、(“本物の女性”ではない)トランス女性は対象にならない」というミスジェンダリングを含む主語の大きな主張が正しくないのは言うまでもありません。

こういった「主張の読み違え」は#KuTooの運動が盛り上がったときに「KuTooで女性がハイヒールを履けなくなる」というデマが出回っていたことを思い起こさせます。#KuTooの主張はそのようなものではありませんし、仮に「女性はハイヒールを履くべきではない」という意見の女性がいたとしても、それをもって「KuTooの訴えの主旨はそれだ」ということが間違いなのは明らかです。

この問題もそれと同じようなデマと言って差し支えないのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

レズビアンイベントはトランス女性によって潰された?

 

事件の概要

まず、「レズビアンイベントが潰された」というのがどのような事件だったのか、事実を確認していきます。

こちらの記事と、

この事件についての英文記事を翻訳したもの

この2つの記事を読んでいただければ大まかな経緯は掴めるかと思いますが、事実としてのポイントは

 

もともとの入場基準は「シス女性のみ」ではなく、入場基準は曖昧なものだった

 

・入場を断られたトランス女性はイベントでDJをしていた友人に招待されていた

 

・パスポートや在留カードなどのIDは女性で、ホルモン治療も受けていた

 

・謝罪後、当初から掲げていたポリシーと変わらず「ウーマンオンリー」として現在もイベントは続いている

 

という点です。

この時点でもTwitterで言われる印象とは違うものを受けますが、さらに詳しく経緯を追います。

 

 

 

なぜ批判されたのか? 

実は、新宿二丁目のイベントで(パスしていない)トランスジェンダーが入店拒否されるのは今回が初めてのことではなく、「トランスお断り」と書かれていなくとも入店時に外見で判断されることは(特にレズビアンバーだと*)珍しくありません。

ではなぜ、今回の件は大きな批判を呼んだのでしょうか。

ポイントは、

 

・イベントは「L女性はもちろん、すべての女性が解放され楽しめるパーティー」という謳い文句だった

 

・主催者はレインボーフラッグを掲げて東京レインボープライドの先頭を歩くなど、レズビアンだけでなくLGBTへの理解があって当然とされる立場だった

 

レズビアンのアイコン的な店が主催する、影響力が大きいイベントだった

 

・上記の条件で「入場はシス女性のみ」と明記した

 

というところです。

 

「全ての女性のためのパーティー」に、「(戸籍や外見関係なく)トランス女性は入場不可」とするのは「トランス女性は女性ではありません」というメッセージにほかなりません。また、トランスへの理解があるべき主催者がこのような声明を出したことが批判されました。

 

*ゲイとレズビアンで状況は単純に対比できるものではなく、加害される心配のないゲイバーやイベントが比較的オープンなことに対してシス男性からの加害を避けるためにレズビアンバーやイベントは「男性的な外見の人(≠トランス女性)」を断る傾向が強くあります。これはトランス差別的なポリシーと言えるのですが、場の安全を守るための(シス中心的な)『夜の街』のローカルルールとして許容される傾向にあります。

 

 

入場基準を「シス女性のみ」と変えた経緯

入店拒否されたトランス女性は、主催者とのやり取りの中でこのように述べています。

 

“もしもあなたのポリシーとして、シスジェンダーの女性のみを入れて、私のような女性を入場拒否するなら、なぜ外にそう書いていないのですか? なぜウェブサイトにも表記しないのですか? なぜ「ウーマンオンリー」と言うのですか? なぜ「シス女性オンリー」と書かない? もしそう言ってくれていたのなら、他のトランス女性も私のような屈辱と苦しみを受けずに済むのに。はっきりと、トランス女性を排除すると明記すれば、もしかすると影響が出るかもしれません。お客様が減ったり、批判に晒されるかもしれません。でも、もしそれが嫌なのであれば、ポリシーを変えるべきです。どちらにせよ、正直になってください。”(先の翻訳記事から抜粋)

 

実際はトランス女性を排除しているのに「女性のみ」を掲げるのは欺瞞であり、

・批判される可能性があっても「シス女性のみ」として開催する

・「女性のみ」のポリシーを尊重し、トランス女性も入れるようにする

のどちらかにするべき、ということです。

それを受けて「シス女性のみ」とした結果、批判謝罪・訂正に至った…というのが経緯となります。この言葉を使ったことについて、主催者は

「シスジェンダーという言葉も実はよくわかっていないままで、この言葉がトランスジェンダーの排除であると受け止められてしまうとは思っていませんでした。シスジェンダーという言葉を使ったりしたことは勉強不足であり、間違いであったと認めます」(先の記事内から抜粋)

と語っています。

 

 

イベントは「潰された」のか? 

批判に強制力があるわけではありませんし、主催は「トランス差別的な店である」という批判と評価を受け入れて「シス女性のみ」で開催を続け得ることもできたはずですが、そうはしませんでした。「あってはならない間違い」であったと謝罪声明にも書かれています。

「潰された」という認識は主催者の声明にも反した受け取りかたですし、先に挙げたような事実からも乖離した表現です。

似たような一例を挙げるなら、たとえば女性差別的な企画や広告をフェミニズムの観点から批判したときも謝罪する・中止する・無視するなどの選択権は開催側にあります。開催者側が問題のない表現と判断すれば批判を受けつつ続けることもあり得るでしょう。それを謝罪・取り下げしたことに対して「フェミに潰された」と表現されたとして、それは果たして適切な表現なのでしょうか?

それと同じことがこの問題にも言えるのではないでしょうか。

 

 

「イベントに入場する=恋愛対象に含まれなければいけない」?

トランス女性との恋愛/性的関係を拒むことは差別とされる」という主張の根拠として「シス女性限定のレズビアンイベントを差別と抗議して潰した(撤回させた)だろう」と言う人もいます(上で引用したツイート参照)。

どういった論理でそれが接続されるのか理解しかねますが、おそらく

イベントにトランス女性を含めない=トランス女性との恋愛/性的関係を拒むこと

すなわち

トランス女性をイベントに含める=トランス女性との恋愛/性的関係を受け入れること

という認識の上での発言であろうと推測します。

これらの意見を正当化するには「イベントに入場した人は全員恋愛/性的関係の合意がある」という前提が必要になるのですが、件のイベントはストレートの女性も入場できるものですし、タイプでない人からの誘いを断れないということがあるわけでもなく「恋愛対象に含まない/含まれない人が入場している」のは自明です。

合コンに参加できることと、そこで出会った相手と性的同意を得られるかは全く別の話でしょう。

 

 

引用されている漫画について

(2021.3.13 追記:現在この漫画は削除されていますが、「メンオンリーのゲイバーに行きたいと言うシス女性をゲイ男性が諫める」というような内容のものでした)

この漫画(現在は削除済み)が「男は女をゲイバーから排除にしているのに女には男(トランス女性)を受け入れろと言う」という文脈で持ち出されている例をいくつか見ましたが 、この漫画でゲイバーに行きたがっているのはシス女性でありトランス男性ではありませんし、仮にシス男性が「女っぽいところもあるしレズビアンバーに行きたい」と言っても周囲からは止められますしまず入店できないでしょう。

また、前述したとおりトランス男性/女性であっても、パス度が低いとゲイバー/レズビアンバーで断られることはあたりまえに起こります(一々批判されないだけで、これらも差別的ではあります)。「性別は簡単に覆せない」というようなセリフも出てきていましたが、それは「トランス当事者でも簡単に『性別越境』できるわけではないのに、シスジェンダーが気軽にそういうことを言うものではない」という内容かと思います。

 

 

 

 

なぜそんなに女性トイレを使いたがるの?

 

トランス女性の女性スペース利用にまつわる議論で、なぜここまで女性スペースを使いたがるの?という疑問を持つ人は多いようです。そもそも、こんな主張は本当にあるのか?というところから確認していきます。

 

議論の発端と経緯

日本でのトランス女性の女性スペース利用にまつわる大きな議論は、2018年7月にお茶の水女子大学がトランス女性の受け入れを発表したことから始まったといって良いでしょう(少なくともTwitterでは2018年6月以前にトランス女性が女性スペース利用について運動を起こしている形跡は見つけられませんでした)。この報道を受けて、「性自認で入学できるなら大学内での更衣室やトイレの利用はどうなるの?」という疑問(?)から「性自認だけで“身体が男性”の人が女性スペースを利用できるようになるのでは?」と、性自認で女性スペースを利用することへの反対意見が噴出しました。

ですが、実際は2018年7月にその話題が出るずっと以前からトランス女性は「自己判断」で女性スペースを利用してきていました。「急に使いたがりだした」のではなく、「今まで使っていたのに制限しようとする動きがあり、反対している」というのが正確なところでしょう。

 

女性トイレと当事者の利用実態

前提として、ほとんどのトランス当事者は性自認や性別移行の度合いでなく 自分の外見に合った性別スペースを利用しています。つまり、手術をして戸籍変更までしていても外見が合わない(女性としてパスが難しい)ので女性トイレ利用を控えているトランス女性もいますし、オペもしていないけれど外見が一致している(トランス女性として認識されない)ので女性トイレを利用しているトランス女性もいるということです。

ただ排泄したいだけなのに外見と一致しない戸籍性のトイレを使って警備員を呼ばれたくはありませんし、現在の日本では「トランスジェンダーなので」という口頭説明だけで理解はされません。そして、これらの「自己判断」は女性が安心して女性スペースを利用できるようにするためのものでもあります。

2018年7月に議論が起きる前からトランス女性は「自己判断」で女性トイレを利用していましたが、それによって女性たちの安全は脅かされていたのでしょうか?

 

トランス女性は外見に関わらず女性トイレを使う権利がある?

「トランス女性は外見に関係なく女性トイレを使う権利がある」という見解は、あくまで理論的な話であって現実問題として「外見が男性でも女性トイレを使わせろ」という意味にはなりません。「性犯罪者の男性がトイレに入ってきても外見が男性のトランス女性と見分けがつかなくて通報できなくなる」というのは、先に説明した実態ともあまりにかけ離れています。

たとえその権利が保障された社会であっても、女性トイレに男性の外見の人が入ってきたら警備員か警察は呼ばれるでしょうし事情は聞かれます。たとえば街中で派手な仮装をして歩く権利はあっても通報や職質はされる可能性があるのと同じで、「(理論的に)権利がある」ということと「通報できない、対処できない」はイコールではないのです。思考実験ならともかく、実際の生活でただトイレに行きたいときにそんな面倒を毎回起こしたいと思う当事者はほぼいません。

 

多目的トイレを増やせばいい?

確かに、女性トイレも男性トイレも利用しにくい外見の当事者にとって、安心して利用できる多目的トイレが増えるに越したことはありません。

この意見は一見よい折衷案に見えますが、上記の事実を踏まえると提案自体が奇妙なものに感じます。なぜなら、女性トイレを問題なく使えていた当事者はこれからも多目的トイレを使う必要がありませんし、女性トイレに入りにくい(女性としてパスが難しい)当事者は既に多目的トイレを使っているので、改めて提案や主張をされるまでもないのです。

この提案が示す可能性は2つあります。

a) 現在女性トイレを問題なく使えている当事者も多目的トイレを使うべきだ

b) パスできていない当事者が「女性トイレを使わせろ」と言っている(?)が、多目的トイレを使うべきだ

aについては女性として問題なくトイレを使えている人達をなぜわざわざ多目的トイレに?という話になりますし、カミングアウトしていない知人とトイレに行くタイミングで自分だけ多目的トイレに入るのは訝しがられるでしょう。

bについては本当に当事者がそのような主張をしているのか確認する必要があるでしょう。(一応Twitterで検索を試みましたが、自分の調べた範囲では主張している人は見つけられませんでした)

 

パス度に不安のある当事者は多目的トイレを使う機会も多いですし、多目的トイレを増やすという方向性には賛成です。しかし、現在 多目的トイレやオールジェンダートイレしか使わない生活をすることは非常な不便が伴います。単純に普及率が低いことに加え、1箇所に1つしか設置されていない上に「多目的」で使われているので長時間待たなければいけないことも多いです。実際、移行途中などでパス度に不安のある当事者は多目的トイレのみ使う生活をする人もいますが、そのため外出先では水をほとんど飲まなかったり膀胱炎になる人もいます。

不便に感じつつ使っている当事者が既にいること、女性トイレを問題なく使えている人にまでその不便を強いようとしていることは心に留めていただきたいところです。

 

トランス女性とトイレの問題についてよくある論点についてはこちらの記事でも詳しく書かれているので、ぜひご一読ください。

 女性スペースを使う、使えない、使わない理由は人それぞれです。

 

 

 

 

「トランス男性は男性」って誰も言わないよね?

 

 「トランス女性のことばかりでトランス男性には触れないのは非対称でおかしい」

トランス男性当事者としてもう何回もこの「素朴な疑問」に答えてきているのですが、未だによく見かけます。整理していきましょう。

 

「トランス女性は女性です」はトランス女性差別へのカウンター

【なんで女性トイレを使いたがるの?】で述べたように、日本でのトランス女性にまつわる議論は2018年7月のお茶の水女子大学の件から始まりました。Twitterで検索した結果、2018年6月以前に「トランス女性は女性」を含むツイートは3件しかありません。その後、ミスジェンダリングやトランスフォビックな意見への反論として「トランス女性は女性です」という言葉が使われ始めました。

もちろん2018年6月以前にもトランス女性は存在していて、2018年7月にその話題が出るまでは問題にもされない程度の「自己判断」で女性スペースを利用していました。シス女性がトランス女性に理解があり、差別していないから使えていたわけではありませんが、単純に「認識されずに」使えていたので「トランス女性は女性」と主張する必要もなかったわけです。

 

トランス男性はどのくらい「トランス男性は男性です」と言う必要があるのか?

では本題です。

実際、トランス男性は現在どのくらい「トランス男性は男性です」と言う必要があるのでしょう?いち当事者としては「ほとんど主張する必要はないが、2018年6月以前のトランス女性よりは言う必要がある」と感じています。

トランス男性もミスジェンダリングやトランスフォビックな対応をされることはよくありますし、差別を受けていないわけでは全くありません。ただ、男性スペースの利用についてシス男性から排他的な主張をされることはありませんし、その主張内で「男装した女」とミスジェンダリングされることもありません。「シス男性のみ」と明記されたゲイイベントも今のところ見たことはありません。ちょうど2018年6月以前のトランス女性と同じように。

ただ、ここ数年はトランス女性排除の議論の中で、排除を主張する人たちの「トランス男性は女性の亜種」と捉えているような言説も増えてきました(「生理があるのは女」などもその一種ですね)。以前より主張する必要性があると感じるのはそのためです。

 

・トランス男性とトランス女性の非対称性について

トランス男性がシス男性から積極的な排除運動をされないのは、シス男性がトランス男性に理解があるからではなく (2018年6月以前のトランス女性と同じように)単に可視化されていないこと、「トランス男性は女性の亜種(だから恐れるようなことはない)」という偏見、男性が女性から性被害に遭うリスクの低さが影響しています。

また、一般的にトランス男性のほうが移行後に社会に馴染みやすいのでトランスフォビアの影響を受けにくく、トランスジェンダーの権利について発言する必要性が低いということも声を上げる当事者が少ない一因といえます。

そういった背景も含めて、なぜトランス男性が主張をしないのかについては「置かれている状況が違う(非対称である)」ということで説明がつくのですが、「なぜトランス男性の権利については何も言わないんだ」という人たちは元々非対称な事象に「同じようにに論じないのはおかしい」と言っているわけで、トランス男性の実情を踏まえての主張ではないことは明らかです。

 

当事者の声を尊重してほしい

以上を踏まえ、「なぜ『トランス男性は男性です』と言う声が上がらないのか」 という疑問に当事者がひと言で答えるなら「とくに声を上げる必要がないから」なのですが、「トランス男性はどうなんだ」と言う人の多くはトランス男性の権利を心配しているわけでなく、「自分たちの権利ばかり主張するトランス女性」というイメージを強調するために利用しているだけのように見えます。

Twitter上で男性スペース利用について主張しているトランス男性当事者はほぼ皆無なのに、「トランス男性の権利について語らないのおかしい」と言ったり「トランス男性は男性スペースを使うときに不安を覚えているはずだ」と決めつけるのは当事者の主体性を無視していますし、そのように議論の材料にするのは当事者に対して失礼な行為です。

 

 

 

 

 女性差別ジェンダーでなくセックス(“生物学的性別”)から発生している?

 

社会における男女差別にジェンダーがどれだけ大きく関わっているのか、それこそセックスはそのままでジェンダーだけ変わってみないと実感することは難しいのではないでしょうか。その経験がある当事者としてこの主張の矛盾点を指摘した記事がありますので、こちらをご一読ください。

 この記事でだいたい説明はできているので、以下は補足になります

 

トランス男性に比べてトランス女性の政治家率が高いのはセックスの問題なのか? 

トランスジェンダーは基本的に移行を始めるまでは出生児に割り当てられた性別のジェンダーが適用されます。ほとんどの当事者は幼少期・少年期・青年期を自認とは逆のジェンダーで過ごしますし、人によっては人生の大部分を過ごすこともあるでしょう。割り当てられたジェンダーをシスジェンダーと全く同じように過ごせるわけではありませんが、トランス女性は「男性」として生活する機会がありますし、トランス男性は「女性」として生活する機会があります。

この「男性/女性のような経験」はそのままジェンダーギャップとなり学歴や職歴に影響も与えることがありますが、それはあくまで「性別移行前のジェンダー」によるものであり “身体的性別” に由来するものではありません。

 

「sex is real」について

身体的な性別は現実的なものである、というのはトランス当事者が毎日感じている「現実」でもあります。トランス男性にも生理は来ますし、トランス女性も精巣がんになる可能性はあります。セックスとジェンダーが一致しないトランス当事者にとって、セックスがリアルでないわけがありません。

ではなぜこの言葉が批判されるのか、それはこの言葉で「生理や妊娠、そこにまつわる性差別*も含む女性の身体特有の経験」で「女性」を定義づけようとしているからです。

*性差別については既に先の記事で矛盾点を指摘しましたが、これも含めているようです

 

 

 

 

「性犯罪者」の話をしているだけで、トランス女性を排除しようとしているわけではない?

 

記事を公開後、これらと同じ主旨のリプライをいくつかいただきました。

もしかしたらこの方個人は最初から「男性の性犯罪者」の話しかしていなかったのかもしれませんが、議論の中でトランス女性へのデマや中傷が当たり前に拡散されていたことは先の文章でも既に言及しました。そして、それらのデマや中傷、もっと直接的な差別ツイートが数百件のいいねやRTされている(賛同されている)事実から考えると、「反対者は最初からトランス女性を差別するつもりはなく性犯罪者の話をしていた」というのはいささか歴史修正的すぎる主張ではないでしょうか。

 

 

原因はシス男性の性加害?

「男性が女性に性加害をすることが全ての元凶で、トランス女性はシス女性を責めるのでなくシス男性のミソジニーを批判するべき」などの意見も見かけましたが、差別の反対をする人により大きな構造的問題の解決を迫るのは「目の前の差別を解決するつもりはない」という意思表示に他なりません。

たとえば、「男性が女性差別をするのはそうさせる社会構造が原因であって、男女ともに社会構造を批判していくべきである」という主張自体は間違いではありませんが、性差別を女性が批判した際に男性がそれを言うのは、彼らの女性への差別そのものを不可視化してしまうことになりますよね。社会構造批判は大前提として、まずは踏んでいるその足をどけてほしいという話をしているのです。

男性から女性への性加害をなくすのが難しいことを誰よりも分かっているはずの人たちが「この問題はそもそも性加害する男性の問題なのだから、先にその問題に取り組むべき」というのは「私達が差別するのは私達のせいではないし、それをやめるつもりは全くない」ということなのではないでしょうか。

(それとは別の話として、トランス女性も他の女性と同じように性加害を批判しますしデモにも参加したりします。)

 

 

 

 

 

おわりに:トランス女性にまつわる議論について、知っておいてほしいこと

2018年7月にトランスジェンダーをめぐる「議論」が始まって以来、トランス当事者(主にトランス女性)はずっとこのような「トランスジェンダーへの偏見」を訂正してきました。しかし、意図的にトランス女性への不安を煽るものや煽動的なものも多くあり、何度説明しても同じ主張をする人が現れるということがここ2年間続いています。そうしていくうち、「トランス女性と付き合わないのは差別と言われる」「レズビアンイベントに入れろと迫り『潰した』」ということが事実のように当然に語られるようになってきました。

今回ここに書いたのはそのうちの一部に過ぎませんが…トランスジェンダーにまつわる非当事者の意見を見かけたときは、いいねやRTする前に

 

・本当にトランス当事者はそのような主張をしているのか?

(非当事者の“解釈”ではないか?)

 

・個人の(過激な)発言を「トランスが主張していること」としていないか?

(少数のサンプルから主語を大きくしていないか?)

 

・ソースが英文記事の場合、ツイートの内容と記事内の記述に相違がないか?

Google Chromeの自動翻訳でも大体の内容は確認できるので、元記事を確認する)

 

・記事の発信者にどの程度バイアスがかかっているか?

(信憑性のある発信元か、PragerUなど保守・反フェミニズム的なものでないかなど)

 

・どのようなリプライや引用RTがついているか?

(事実関係の指摘や反論がされていることも多いです)

 

ということを確認していただければと思います。

今回の記事は、できるだけ誠実に 実際にトランス当事者が何を訴えているのかを整理して書いたつもりです。最近この問題を知った方が状況を理解する一助になれば幸いです。

修正点などがありましたらTwitter @gay_yagi までリプライかDMを宜しくお願い致します。

 

 2020年6月21日追記:

「なぜそんなに女性トイレを使いたがるの?」に加筆修正、「『性犯罪者』の話をしているだけで、トランス女性を排除しようとしているわけではない?」を追加

2021年3月13日追記:

「おわりに」「レズビアンイベントはトランス女性によって潰された?」に加筆修正