性差別はジェンダーでなくセックス(身体的性別)由来であるという主張の矛盾について
「女性差別は身体的性別に基づくもの」という(おそらくシスジェンダーの方々による)意見をいくつか見かけましたが、トランスジェンダーの立場からみての矛盾点をまとめました。
“身体的性別”の定義について
まず、この言葉の定義は人によって異なっており曖昧な表現となりますが、2つの可能性があります
1) 出生時に割り当てられた性別
いわゆる “生得的 女性/男性” と同義語。トランスジェンダーに関しては、どれだけオペをしようとも「元の身体」で判断する
2) 男性/女性の身体的特徴を持つ人
ホルモンを投与し、(おそらく性器形成まで)オペをしたトランスジェンダーの “身体的性別” は移行後の性別になる
シスジェンダーは両方とも当てはまるとしてトランスジェンダーは定義によって含まれる・含まれないが変わってきますが、Twitterで観測した範囲だと文脈から(1)の定義で話を進めている方が多いようでしたので、ここでは(1)の定義で話を進めていきます。
以上を踏まえた上で、性差別の具体的問題を例にとって考えてみましょう。
医大の入試減点問題
もし、「身体的女性であることを理由に性差別を受ける(減点される)」とする場合、「身体的女性」であるトランス男性は減点され、「身体的男性」であるトランス女性は減点されないはずですが…
結論から言うと、入試での性別は書面上の性別で判断されるため、戸籍変更後のトランス男性は減点されず、同じく変更後のトランス女性は減点されます。
そしてたとえ(2) の定義でも、戸籍を変更していなければトランス男性は減点され トランス女性は減点されません。
ここでのポイントは身体の性別でなく戸籍(社会に割り当てられた性別)なのです。
職場での給与差・待遇問題
「子供を産み、育てる(であろう)から仕事に穴を空ける」ことを理由に昇進できない、給与が低いという類の差別についてです。
これも、「産む性」である“身体的女性” がターゲットであり、“身体的男性” には縁の無い差別と思われがちですが…
実際には、女性として働いているトランス女性もこのような扱いは受けています。また、不妊症の女性なら昇進できるかというとそうではない、つまり「産む可能性がある身体」をピンポイントで差別するものではないという点も見逃せません。“身体的性別”由来の理由を挙げてはいるものの、実際の運用としては「女性として生きている人」がこの差別を受けているのです。
正確には「女性社員」として働く人はこのような差別を受け、「男性社員」として働く人はこういった差別は受けない…というのが現実ではないでしょうか。
私自身はトランス男性で、シス男性とまったく同じように生活しています。先の定義に照らし合わせれば“身体的女性”(私自身は自分のことをそう思っていませんが)といえますが、男性のジェンダーで生活するようになってから女性差別に遭ったことは一度もありません。
そして、「女性差別を受けないのは身体的女性であることを隠しているからだ、いくら男性のように生きていても“身体的女性とバレた”ら女性差別を受ける」と主張される方もいましたが、トランスジェンダーであることをオープンにして生きているトランス男性たちがみな女性差別に苦しんでいる…という話も聞いたことがありません。
トランスジェンダーがアウティングされた際にまず受けるのは「トランス差別」です。
映画『ボーイズ・ドント・クライ』の基になった事件を引き合いに出して「トランス男性が『身体が女性だった』という理由で暴行を受けたのだから、女性差別はジェンダーによるものではない」という主張がありましたが、
映画ボーイズドントクライで有名になった殺害事件、男性ジェンダーをまとっていたトランス男性が身体が女性だったという理由で男に強姦・殺害された。本当に差別がジェンダーによるものであれば、男性ジェンダーの被害者は男に仲間として受け入れられていたはずだ。実際はそうではなかった。
— jiji (@traductricemtl) 2020年1月24日
被害者のWikipediaから事件の概要を読むだけでもわかるように、この事件は女性差別でなく明らかにトランスヘイトクライムです。
加害の焦点は「トランスジェンダーであったこと」であり、「身体的女性だったこと」ではないのです。仮に被害者が女性として加害者たちと出会っていたらこのような事件にはならなかったでしょう。また、トランス当事者の性自認を周囲の人間が認めるかどうかは典型的なトランス差別の問題になります。
さらにこの発言をした方はさらにこう続けていますが、
なぜこうやってジェンダーをセックスと独立したものと理解しているんだろう?トランス男性が女性セックスを持つことが見つかって強姦殺害される事件も、トランス女性が男性と性的関係を持つ際にセックスが男性だったということが判明し殺害される無数の事件もセックスを抜きに語れないだろう。 https://t.co/TaPreYRX56
— jiji (@traductricemtl) 2020年1月25日
例に出しているトランスジェンダーへの加害行為はトランスフォビアによるものです。
トランスジェンダーにとってジェンダーとセックス(“身体的性別”)が密接に関わっているのは当たり前で、ジェンダーもセックスも全く関わらないトランスヘイトクライムなど存在し得ません。
もしトランス男性の受けた被害が“身体的性別”由来であるなら、“身体的男性”のトランス女性は男性に仲間と受け入れられるはずで、性的暴行を受けたり殺害されるのはおかしな話ではないでしょうか?実際に殺害されているトランスジェンダーは圧倒的に女性が多いのです。
トランス女性への被害は「トランスヘイトクライム」で トランス男性への被害は「女性差別」としてしまうのは、トランス男性へのヘイトクライムを透明化し マイノリティであるトランス男性の被害をマジョリティであるシス女性が簒奪するという図式にもなってしまっています*。
*追記:トランス女性の方から補足をいただいたので引用させていただきます
この部分はトランス女性側から少し説明が必要で、トランス差別をする人、特に"フェミニスト"を自称する女性は「トランス女性への被害」を「トランスヘイトクライム」と解釈せず、「男が男らしくない男を差別している」と、男性内部の問題として扱うことがままある。
— じゃがいもの千切り炒め (@tomotomo1987) 2020年1月27日
これはもちろん、シスジェンダーとしてのシス女性のマジョリティ性を覆い隠し、差別を免責する機能(と意図)を持っている。
— じゃがいもの千切り炒め (@tomotomo1987) 2020年1月27日
それだけでも十分問題なのだけど、当然コレも現実とは矛盾していて。
現実にはトランス女性や身体違和を持つ児童へのいじめには女子児童も関わっていることが多々あったり、裁判になっているトランス女性看護師のケースで説明がつかなくなる。
— じゃがいもの千切り炒め (@tomotomo1987) 2020年1月27日
*裁判になっているトランス女性看護師のケース
男女二元論にトランスジェンダーを当て嵌めて語ろうとすると、少し考えただけでも多くの矛盾点が出てきてしまいます。
「女性差別は“身体的女性”が受けるもの」という定義は、女性差別に遭うトランス女性やトランス男性が受けるトランスフォビアを透明化してしまうばかりでなく 女性差別の本質がどこにあるのか見誤ることにもなりかねないのではないでしょうか。